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ツール
刻刀がたとえ僅かでも逸れでもしたら、1ミリにも満たないところにある隣の枝を破壊してしまうことになりかねなかったわけです。象牙をこれほど細密に彫刻するのに要求される卓超した技巧は計り知れません。このような素晴らしい作品を制作した数少ない彫刻家は、多くは主君の宮廷に仕え、宮廷彫刻家を名乗る特権が与えられていました。ですから、これら彫刻家のこの世に2つとない、模倣不可能な作品が、「宮廷の人々を驚き喜ばせた貴重なもの」、「奇跡の作」として、美術品陳列室や宝物庫に収められたのは驚くべきことではありません。
伝承によると、例えば、マリア・テレジア、ロシアの女帝カタリーナ、英国王ジョージ3世がこのような貴重な装飾品を所有したとされています。こういったコレクションはほどんど一般公開されることがなかったため、マイクロ彫刻画は今日あまり知られることなく、ときにはミニアチュア彫刻と間違われたたり、アジアの芸術と一緒にされたりしています。しかしながら、事実は、ヨーロッパ繊細彫刻の最頂点にあるのがマイクロ彫刻画なのです。
マイクロ彫刻画は、全世界で、美術館や個人の所蔵にある、たった100点あまりが知られているだけです。そのうち29点(27作品)は、コノッサーー・コレクション(Connoisseur Collection)の所蔵にあります。これら作品の1つ1つをこの度、美術品オークションハウス・ナーゲルにおける競売で手に入れていただくことができるかもしれません。これまでは、英国王室と親族関係にある一家族によって収集されてきた、この稀なコレクションは、ウィーン美術史美術館の美術品陳列室、ザルツブルクのレジデンツ、プフォルツハイムの装飾博物館、ミュンヘンの狩猟漁労博物館に展示されていました。これらのコノッサー・コレクションの作品は、『マイクロ彫刻画‐彫刻芸術の奇跡』という本で写真つきで解説され、これの英語版も出版されています。
マイクロ彫刻画は、ロココ様式末期に高まった珍しい物への愛好を反映するものです。その当時は、美術作品はまだ直接「技能」と結びつけて評価されていました。構成と技巧に基づく芸術作品の評価方法は、現代芸術における一般的な基準と根本的に異なっています。現代芸術では、そのコンセプトだけがその実現方法、つまり技巧とは別に、芸術として評価されることが多いのですが、マイクロ彫刻画が制作された当時の芸術解釈は、まさにその反対にあったといえます。例えば、ホラス・ウォールポ‐ルやオックスフォード伯爵といった当時の美術専門家や評論家は、特にマイクロ彫刻画の模倣できない点に魅了されていました。
コノッサー・コレクションのもっとも有名な作品は、マリア・テレジアのブローチで、ドイツ、バンベルグの彫刻家、セバスチアン・ヘスによる3枚のマイクロ彫刻画が収められています(文献 P. W. ハルトマン、マイクロ彫刻画、写真1)。「世界で最も繊細な彫刻作品」とされたこの3枚の川辺の風景を、彫刻家は、1773年から1775年の3年をかけて制作したと伝えられています。作品の稀少さから、この3枚のマイクロ彫刻画は、ウィーン皇室によって買上げられ、装飾フレームに嵌め込まれ7センチのブローチとなりました。このようにして、この3点の作品がばらばらになるのを避けたのです。
シュテファニー&ドレッシュという署名のある、同じくコノッサー・コレクションの所蔵の『羊飼いの風景』(文献 P.W.ハルトマン、マイクロ彫刻画、表紙及び写真2)は、今日、「世界で最も繊細な彫刻作品」とされるものです。この繊細さと比較できるような他の彫刻作品は知られていません。例えば、木々の枝と枝との間隔は部分によっては0.01ミリ未満です。200年前もそうであったように、今日でも、この作品はほとんど奇跡的なものとされています。一体、どのようにして硬い象牙をトレド鋼から加工された彫刻刀で、これまで繊細に仕上げることができたのか、想像さえつかないとしかいいようがありません。だからこそ、G. シュテファニーとJ.ドレッシュが宮廷彫刻家として英国王室に仕え、国王ジョージ3世から、「英国王室のミニアチュア象牙彫刻家 Тculptors in Miniature on Ivory to their Majesties 」という名誉称号を授けられたことも、当然の成行きだったといえます。(参考文献 G. R. スタントン 210〜212頁)
br> The Cnnoisseur Collctionより


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